鱈の塩漬け

November 1792

「アラン、リヨンは まだ?俺もう腹が減って死にそうだ!」
ピエールがお腹を擦りながらぼやいた。 田舎道を北に向かう二人は冬とはいえ温暖な気候にうっすらと汗ばんでいた。疲れた二人には、ときおりフランスアルプスから吹き抜ける風が心地よかった。
「多分後一時間もすればリヨンに着くだろう。そうしたら何か美味い者でも食おうぜ。」
「うん、そして酒も!」
ピエールが嬉しそうに言った。

***********

「ピエール、見ろ。荷馬車だ。」
前方の道沿いの溝に荷馬車が一つぽつんと有った。二人が近づいていくと、16歳くらいの痩せた亜麻色の髪の少年と、少年の姉らしい娘が必死に馬を励ましている。しかし馬車馬は何度引いても溝から上がれず疲れきっているのかその場から動かなかった。

二人は馬の背中に結んであった毛布と縄を掴むと無言で馬を下り、子供たちの方へ歩いて行った。
「邪魔だ。どけ。」
無愛想なアランが自分とピエールの馬を荷馬車につないだ。ピエールは毛布を広げて車輪の前のぬかるみに敷いた。
「メルシイ、ムッシュー!」
娘は18歳くらいであろうか。男の子と同じ亜麻色の髪を無造作に後ろでまとめた少女は 泥と汗で汚れた顔を輝かせて二人に答えた。アランは、その娘の髪の色こそ違えど、どこかデイアンヌに似ていると思った。

アランの合図に合わせてピエールが馬を前進させるとゆっくりと浮いた車輪が毛布の上に乗った。アランが荷馬車を後ろから押すと、子供達もアランの隣で手伝った。そして大きくガクンと揺れたかと思うと、荷馬車が前に動き出して道路に上がった。

「やった〜!」
「どうも有り難うございました。助かりました!」
「ちょっと待て。泥がついているぞ」
アランがくしゃくしゃのハンカチをポケットから取り出すと娘の額に付いた泥を拭いてやった。
「あ、ありがとう。」
娘は顔を赤らめた。

「兵隊さん達は何処へ行くの?」
「俺たちはパリへの帰り道さ。でも今夜はリヨンで泊まって美味い物でも食うんだ。」
娘の顔色が変わった。
「あなた達、リヨンは駄目よ。知らないの? 市内は親王派で一杯よ。その格好でリヨンに行ったらたちまち捕まってなぶり殺しよ!」
アランが眉を寄せて難しい顔をした。
「それは迂闊だった。リヨンがそこまで物騒だとは思わなかったぜ。」
「アラン、どうするんだ?」
ピエールが心配そうにアランを見つめる。
「ねえ、あたしにまかせてくれない?良い考えが有るの。貴方達お金を持ってる? 1エキュ位有れば足りると思うけど。」
何も言わずにアランが財布から銀貨を取り出して娘に渡した。
「馬を貸してね。すぐ戻るわ!」
アランの馬に飛び乗った娘は今まで通って来た方向に馬を走らせて見る見る内に見えなくなった。

********

荷馬車に腰掛けて娘を待つピエールとアンドレは、亜麻色の髪の姉弟がシモーヌとポールと言う名前で,リヨンの向こう側に住む農民である事を知った。両親の代りに農作物を海岸沿いの街まで売りに行った帰りだそうだ。幸い農作物は完売したらしく荷馬車には何やら魚臭い樽が二つ載っているだけだった。
臭い樽を指差してピエールがポールに聞いた。
「この臭い樽は何だい?」
ポールが悪戯な微笑みを浮かべて言った。
「これは鱈の塩漬けが入っているんだ。これでペーストやスープを作ると最高さ!」
「ふん、それにしても臭いな。」
とりとめの無い話をしながら3人はシモーヌの帰りを待っていた。

*********

一時間も待っただろうか?アランとピエールが臭い樽に寄りかかって体を休めていると馬の蹄の音も高々にシモーヌが戻って来た。馬の背に結わえ付けてある大きな麻袋を取ると自慢げにそれを二人の前に置いた。
「何だこれは?」
「これは貴方達の着替えよ!」
袋の中から現れたのは女性用の衣服に帽子、そしてかつらまで有った。

「おまえ、何を血迷った?俺達がこんな物を着れると思っているのか?それにいくら服装を変えても、俺たちの軍服や武器を隠す場所が無ければ元も子もない。」
シモーヌが大胆不敵に笑った。
「ピエールさん、すみませんけど 鱈の塩漬けの樽を荷台から下ろしてくれませんか?」
訳の解らないピエールだったが、言われた通りに臭い樽を草の上に置いた。すると荷台に飛び乗ったシモーヌが慣れた手つきで 床板をはがし始めた。荷馬車は二重底になっていたのだ。そこの隠し場所には、農産物の売り上げの入っているらしい財布が有った。
「以前帰り道に盗賊に売り上げを全部取られた事が有るのよ。だからお金は隠しておくの。それにこの臭い樽を動かしてまで荷台を調べる様な人は先ずいないから大丈夫。さあ、早く着替えて。軍服と武器は此処にしまって。」
「これならうまくいくかもしれないぞ!」
二人はポールとシモーヌに手伝ってもらって、用意された女物の古着に着替えた。それはごく普通のブラウスに長いスカートだったがかつらをかぶり帽子のリボンをあごの下で結ぶと美人とは言えないが一応女性に見えて来た。
「う〜ん、二人ともひげを剃らないとだめです。そしてアラン、あなたはモミアゲも…」
アランが慌てて言った。
「だめだ、だめだ!俺のモミアゲはチャームポイントだし俺のトレードマークだ!剃る訳にはいくか!」
「何駄々をこねているんですか?そんなのすぐにはえて来ます!」
大笑いするピエールを睨みつけながらアランは渋々とモミアゲをそり落とした。
「ピエール、この事を喋ったらただじゃおかねえぞ!」
そして二人の娘達(?)は荷馬車に乗り、姉弟は馬に股がってリヨンへと向かった。

**********

4人はあっけ無い程楽にリヨンの市内を通過した。ある検問所の一つでは役人がやたらとピエールに微笑みかけたり、ウインクをしたが、問題は無く通り過ぎるる事ができた。
「我が家はもうすぐです。何もおかまいは出来ませんが、今夜は家で泊まって行って下さい。」
だんだん薄暗くなって来る空を見上げてアランが言った。
「ああ、ありがたくお世話になるよ。」
「良かった〜!俺、母さんに頼んでこの鱈の塩漬けでスープを作ってもらうよ!」ポールが上機嫌で言った。

**********

その夜、子供達に手を貸してくれたお礼だと、二人のの母親は鱈の塩漬けで作ったスープやペーストに焼きたてのパンをごちそうしてくれた。父親は父親で一番上等なエールを飲み放題に出してくれた。

上機嫌でエールを飲むアランを見つめながらシモーヌはそっとピエールに尋ねた。
「ねえ、ピエールさん。アランさんて、独身なんですか?」
ピエールがにっこりと微笑んだ。
「あいつ、口は悪いけど、良い奴だろ?でも止めておけ。あいつはね、一生忘れられない女がいるんだ。」
「その方お亡くなりになったんですか?」
「いいや、幸せにくらしているよ。あいつの親友の愛妻としてね。」
ピエールが残りのエールを飲み干して答えた。

***********

パリに戻ったピエールとアランは 司令官室にいた。
「流行り風邪はもう良くなったのか?何だ、モミアゲを剃り落したのか?何とも君らしくないと思ったら!」
アランの顔をしげしげと見つめながら上官が二人に尋ねた。
「はい、おかげ様で。」
アランとピエールが同時に答えた。
「まあ、良い。休暇も長い事取っていない君達だ。少しは体を休めた方が良い。それにしても、なんだこの匂いは?」
司令官が顔を左右に動かして空気の臭いを嗅ぎながら言った。」
「妙に魚臭いぞ。」
「魚ですか?私には臭いませんが…」
「俺も臭いません。」
首を傾けながら上官が言った。
「ふむ。そうか…もうよい。用は、それだけだ。」
「ありがとうございます。」

二人は敬礼をしてから踵を返して司令官室を出て行った。軍服から鱈の塩漬けの匂いをプンプンとさせながら…
 



 



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