オリーブの小枝

--In the evening, the dove came back to him and there in its beak was a freshly-picked olive leaf. (Genesis 8:11)--

--夕方、鳩は 取りたてのオリーブの小枝を嘴に、舞い戻って来た。(創世記 8:11)--



「オスカル、今年の奥様への御誕生日のプレゼントはどうする?」
バルコニーで遅い朝食を取るオスカルにコーヒーを淹れながらアンドレが聞いた。
衞兵隊の仕事もこの頃は順調で休日のオスカルも機嫌が良かった。
「もうそんな季節か…」
「ちなみに旦那様はサファイアのネックレスをお送りだ。」
「おお、それならばネックレスに合わせてサファイアのイヤリングはどうだ?」
「それはマリー・アンヌ様がなさります。」
「それでは指輪にしよう。」
「それはジョセフィーヌ様が。」
「腕輪?」
「オルタンス様。」
「ええと…」
「オスカル、サファイア意外にした方が無難だぞ。」
「それだったらおまえはどうする?」
「奥様は以前香水を調合してもらっていたお店が主人の急病で閉まって以来、気に入った香水が買えないとこぼしておいでだった。」
「それは良い事を聞いた。早速パリに出かけて母上の香水を探そう。」
「心配するな。もう俺が見つけておいた。今から取りにいってくる。」
「そうか。よかった… 待てよ、始めから決めてあるのなら何故私に遠回しに聞いたのだ!」
アンドレがいたずらそうに目眴せした。
「だっておまえからのプレゼントだろう?おまえのアイデイアでなくてはな。」
アンドレはおどけて深々とお辞儀をしてみせた。
「それではお嬢様がお許しを下さるのなら早速パリへ行って参ります。」
「好きにしろ。どうせ馬車を待たせてあるのだろう?」
「流石は私のご主人様!心配するな、遅くならない内に帰るぞ。」
オスカルは少し機嫌を損ねていた。いくらアンドレとはいえ、此処まで自分を読まれてしまうと面白くない。 
「心配などするか!」
笑いを堪えながら去って行くアンドレの大きな背中に向かってオスカルが怒鳴った。

************

その香水店はパリの衛兵隊のパトロールルートに有った。間口は余り広くないが、客が絶えない所を見ると、なかなか評判が良いらしい。4日前、仕事の後に立ち寄ったアンドレは店主の経験の豊かさに感嘆せずにはいられなかった。アンドレの説明だけでジャルジェ夫人の愛用するラベンダーの香水を完璧に複製する事が出来たのである。
「残念ながら今日の所はこの香水を一瓶分作る程の材料が有りません。取り寄せるのに2−3日掛ってしまいますが。」
店が小さいだけに在庫も少なく、ジャルジェ夫人が使うような高級な香水の材料は多くは置いていなかったのだ。
「それは大丈夫です。次の休暇は4日後ですので、その時に取りに来ます。」
アンドレは満足して店を後にしたのだった。

************

その日頼んでいた香水を取りに行くと、小さな店内には数人先客がいた。アンドレが彼の番を待っていると店の窓から二組の青い衛兵隊の軍服が見えた。それはアランとフランソワだった。 この頃のアランは口こそ悪いがおとなしく班長としての仕事を良くやり、皆をまとめてくれていた。もともと頑張り強く真面目で仕事熱心なオスカルの事だ。衞兵隊も彼女の公平で思慮深い管理方法に慣れてくるとオスカルに尊敬の意を示す様になった。
「おや?」
よく見ると通りかかる人達が皆アランに挨拶をしたり、話しかけたりしている。もちろんパリ市内の警備は衞兵隊の役目でもあり、当たり前なのかもしれないが、あの仏頂面の男がこんなに愛想が良いとは意外だった。 

その時大きな荷物を背負った年寄りの女が歩いて来た。アランは女に話しかけると、大きな荷物をフランソワに渡した。そして自分は年寄りをおぶって歩き出したのだ。
「あいつ、本当は良い奴なんだな。」
アンドレは老婆をおぶって歩いて行くアランの後ろ姿を見ながら微笑んだ。
「優しいのに口下手で不器用で…俺の知っている誰かさんに似ているな。」

************

暫くしてようやくジェルジェ夫人の香水を受け取ったアンドレはその小さな包みを大事に上着の胸ポケットにしまうと、店を出た。その頃老婆を家に送り届けたフランソワとアランが香水店を出て来るアンドレを見かけた。
「アラン、見ろ!あれは、アンドレじゃないか。へえ〜っ。お屋敷ではあんな綺麗な格好をしているのか。まるでお貴族様だぜ!」
上品で仕立ての良いお仕着せは、アンドレに取っては子供の頃から着慣れた物だが、パリの貧民育ちのフランソワに取っては とても手の届かない物だった。
「うるせえ!あんな奴ほっとけ!」
アランはフランソワに怒鳴りつけたがその目はアンドレの行動の一部始終を追っていた。

「あっ!あぶない!」

誰かが叫んだ。暴走した馬が通りを走って来る。人々が通りから逃げ散ったが、小さな女の子が一人、足がすくんだ様に取り残されていた。馬はその子供の方に向かって駆けて来た。周りの民衆から恐怖の叫び声が揚がったが、一瞬の差でアンドレが子供に駆け寄って抱き上げると通りの端の安全な場所まで連れ去った。
「もう大丈夫だよ。」
周りの人々から揚がった歓声にまるで気づかぬ様にアンドレは恐怖で未だ震えている子供をいたわってあげていた。
「さあ、家まで送ってあげよう。馬車にお乗り。誰か、この子の家を知っている方はいませんか?」
「ああ、知っているよ。あたしの家の近くだ。」
側にいた女が答えた。
未だ怯えている子供と、道案内の女を馬車に乗せるとアンドレの馬車はその場を去って行った。

************

「へえ、アンドレもなかなかやるじゃないか。優男だと思っていたけど割と骨があるんだな。」
「黙れと言っただろう!」
アランが又、怒鳴った。彼はアンドレが只の優男ではない事位、とうの昔に知っていた。頭の中に血だらけに痛めつけられても隊長の名誉を守り通したアンドレの姿がこびりついて離れなかったから。
「何だ、あれは?」
アランが止める暇も無く、フランソワが走り去った。丁度、アンドレが子供を救った辺りに小さな包みが落ちていた。フランソワはそれを拾い上げると得意そうにアランに見せびらかした。
「これはきっとアンドレのだぜ〜。良い匂いだ。きっと隊長に買ったんだ、あの色男!」
包みからほのかなラベンダーの香りが漂う。
「いや、この香りは多分、もう少し年配の奥様か誰かのだろう。」
アランは、それに隊長がいつも使うのはラベンダーではなくて薔薇だと、心の中で思った。
「よ〜し、これを馴染みの娼館(みせ)に持っていけば, 物物交換できるぞ〜!」
フランソワはご機嫌だった。しかしアランはその包みをフランソワからひったくると自分の胸ポケットにしまった。
「アラン!ずるいぞ!俺が見つけたのに!」
「馬鹿、これは持ち主に返すんだよ。行くぞ。そろそろ交代の時間だ。」
不服そうなフランソワをよそにアランが早足で衛兵隊の駐屯所へ向かった。

************

子供を送り届けてから屋敷に戻ったアンドレは馬車から馬を外して世話をする為に上着を脱いだ。その時に上着に入れたはずの小さな包みがない事に気がついた。
「しまった。あの時に落としたのか!」
子供を救う為に通りに走り出た事を思い出した。今頃は小さな香水瓶など粉々に踏み潰されている事だろう。幸いジャルジェ夫人の誕生日までは未だ日が有る。勿論、アンドレの俸給では香水を弁償するのは懐に痛い。オスカルに訳を話せば済む事だがアンドレ自身がそれを許さなかった。どっちにしても今日はどうする事も出来ない。アンドレは明日もう一度香水店に行く事にして、馬の世話に神経を集中した。

************

丁度アンドレが馬の世話を終えた頃、厩の扉が 開いて黒髪の男が扉の間から顔を覗かせた。
「アラン?」
「やあ。門番に聞いたらおまえは未だ厩だろうと言われたんだ。」
「何だってここへ?オスカルに何か取り次いで欲しいのか?」
「馬鹿言うな。用があるのはおまえだ。」
アランが軍服のポケットから小さな包みを引っ張り出した。
「おまえ、これを落としただろう?」
アンドレが目を見張った。それは紛れもなくジャルジェ夫人の香水の包みだった。
「…見ていたのか…」
アランが香水の包みをアンドレの手に預けた。
「ありゃあ、なかなか出来る事じゃねえ。見直したぜ。」
それだけ言うとアランが 踵を返した。
「待ってくれ!」
アンドレの叫びに、アランが振り返った。
「有り難う。助かったよ。それにしてもわざわざ屋敷にこなくても明日で間に合ったぞ。」
アランがニヤリと笑った。
「お前の事だ。明日一番で香水店へ戻ってもう一つ、同じ物を買っていただろう? いくらおまえでもこんなに高価そうな物を弁償するのは大変だろうと思ってな。」
アランの鋭い読みにアンドレも言葉が出なかった。

「…これで借りは返したぜ…」

今度は振り向かずに言って、アランが去って行った。

アンドレは、ほっと溜め息を吐いて小さな包みを握りしめた。アランの後ろ姿を見つめながら一人、呟いた。

「In the evening, the dove came back to him and there in its beak was a freshly-picked
olive leaf…」




あとがき: 創世記では、ノアの箱船から放たれた鳩はオリーブの小枝を持って戻って来た事から、洪水の後の世界に又生命が宿った事を知らせます。そう言う事からオリーブの小枝と白い鳩は平和とか希望の象徴ですよね。

とても良い奴だけど意地っ張りで不器用なアランは、アンドレに謝りたくても謝れず、丁度この香水を返す事が精一杯の謝罪だったのです。いわばこれはアランの “peace offering” (平和を得ようとして敵に贈るささげもの)だった訳です。それを百も承知のアンドレは、アランを見て、オリーブの小枝を持って飛んで来た白い鳩を連想した訳です… 
Missy

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