二人の旅立ち (1)
「オスカル,本当にいいのか?」
最後の荷物を馬車に積みながらアンドレが言った。
「今更何を言う。 屋敷を出た日からもう心は決めていた。私のいる場所はおまえの側しか無い。」
「おまえの慣れている様な、何不自由の無い暮らしはこの先には待っていないぞ。」
「そんなものは百も承知だ。贅沢な暮らしが惜しければ民衆側に着くと思うか?」
「解っている。念を押しただけさ。」
アンドレの頬にオスカルが手を差し伸べた。
「私の欲しい物はこの目の前にある。」
アンドレが静かに頷いてオスカルの手を取り、馬車に導いた。オスカルを気使って柔らかなクッションと毛布をいくつか並べて彼女の休み易い様にして座らせると自分も寄り添う様にその隣に腰掛けた。
「オスカル様、お達者で。御体に気をつけて下さいませ。」
オスカルに駆け寄ったロザリーの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「大丈夫だ。又会おう、私の春風。おまえも元気でいるんだよ。」
アンドレが御者に合図をすると馬車が静かに走り出した。
「長い旅だ。少し休むと良い。」
アンドレの言葉に目を伏せたオスカルが肩に頭を預けた。程よい馬車の振動にオスカルの呼吸が寝息に変わりつつある。透けるような白い肌に金褐色の睫毛が今は閉ざされている蒼眼を縁取っている。アンドレの腕の中でまどろむその姿は何よりも愛しかった。
「今夜はリヨンの辺りで泊まろう。美味しいボジョレのワインを飲ませてあげるからな。」
オスカルの肩を毛布で覆いながらアンドレが囁いた。
********
その晩二人はリヨン市内のベルクール広場の近くにある宿屋に泊まった。質素だが小綺麗な部屋の窓からはルイ14世の騎馬像が見える。シーザーの副官が築いたと言うこの街は至る所にローマ文化の名残が有り,その間を縫う様に葡萄畑が広がっている。少し疲れた様子のオスカルの為に夕食は部屋で済ませた。彼女の食欲は余り無かったが美味しいボジョレのワインのせいか、顔色だけは少し良くなっていた。
オスカルが湯浴みを終えるとアンドレが丹念にオスカルの黄金の髪を梳いた。二人きりになるのは結婚式の夜以来だったがオスカルの疲労を心配してアンドレはわざと距離を置いている。これ以上近づくと自分の情熱を抑えきれないのが解っていたから。アンドレの気持ちは痛い程解っていたオスカルだったが自分の思いを伝える術をしらなかった。アンドレの体の温もりを自分の中で感じたかったのに。それは初めて全てを捨てて旅に出た心細さなのか,愛に目覚めた心と共にその体も愛しい男を欲しているのかオスカルには解らなかった。アンドレに自分の気持ちを伝えようとほんの少し胸のボタンを開ければアンドレは目をそらすし,甘く溜め息を吐けば政治の話をしだす。(これ以上色気の無い話は他に無いじゃないか!)そんなオスカルの気持ちも知らず,だんだん機嫌の悪くなるオスカルを見守りながらアンドレはどうしようもなかった。
「もう今夜はお休み。」
アンドレはオスカルの額に口づけすると部屋を出て行こうとした。
「何処へ行く?」
「隣にもう一部屋とってある。その方がおまえが良く休めると思って。」
アンドレの言葉にオスカルの忍耐力と羞恥心は限界を超えた。
「いい加減にしろ!馬鹿やろう!」
オスカルの投げつけたワイングラスは壁にぶつかって砕けた。
「ど…どうしたんだ、一体?」
「一人で眠りたくて結婚したと思っているのか?」
「無理だ。おまえと一緒に寝たら手を触れずにいる自信が無い!」
「その何が悪い?私だっておまえに抱かれたいんだ!」
勢い余って叫んだ言葉の意味に気がついてオスカルは気が遠くなるほど赤面した。
「今何と言った?」
「馬鹿。二度とそんな事を言わせるな。」
オスカルが頭から布団を被って顔を隠した。
「ごめんよ,オスカル。俺はおまえの体に気を使い過ぎておまえの心に気使ってやらなかったんだね。」
オスカルのとなりに腰を下ろしたアンドレが優しく布団を下げてオスカルの顔を見つめた。余りの恥ずかしさに真っ赤になった顔がオスカルの蒼い瞳をなおさら蒼く見せた。
「俺はいつだっておまえの僕だ。俺の出来る事は、何でもおまえに捧げよう。それは俺の一生の誓いだ。」
アンドレがオスカルの肩から夜着をそっと取りさった。アンドレの熱っぽい唇が露になった肩からうでへ、そして指先へと滑っていく。
「お医者様だって言っただろう?」
早くも機嫌を直しかけたオスカルが囁いた。
「適度の運動は体に良いと…」
最後の荷物を馬車に積みながらアンドレが言った。
「今更何を言う。 屋敷を出た日からもう心は決めていた。私のいる場所はおまえの側しか無い。」
「おまえの慣れている様な、何不自由の無い暮らしはこの先には待っていないぞ。」
「そんなものは百も承知だ。贅沢な暮らしが惜しければ民衆側に着くと思うか?」
「解っている。念を押しただけさ。」
アンドレの頬にオスカルが手を差し伸べた。
「私の欲しい物はこの目の前にある。」
アンドレが静かに頷いてオスカルの手を取り、馬車に導いた。オスカルを気使って柔らかなクッションと毛布をいくつか並べて彼女の休み易い様にして座らせると自分も寄り添う様にその隣に腰掛けた。
「オスカル様、お達者で。御体に気をつけて下さいませ。」
オスカルに駆け寄ったロザリーの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「大丈夫だ。又会おう、私の春風。おまえも元気でいるんだよ。」
アンドレが御者に合図をすると馬車が静かに走り出した。
「長い旅だ。少し休むと良い。」
アンドレの言葉に目を伏せたオスカルが肩に頭を預けた。程よい馬車の振動にオスカルの呼吸が寝息に変わりつつある。透けるような白い肌に金褐色の睫毛が今は閉ざされている蒼眼を縁取っている。アンドレの腕の中でまどろむその姿は何よりも愛しかった。
「今夜はリヨンの辺りで泊まろう。美味しいボジョレのワインを飲ませてあげるからな。」
オスカルの肩を毛布で覆いながらアンドレが囁いた。
********
その晩二人はリヨン市内のベルクール広場の近くにある宿屋に泊まった。質素だが小綺麗な部屋の窓からはルイ14世の騎馬像が見える。シーザーの副官が築いたと言うこの街は至る所にローマ文化の名残が有り,その間を縫う様に葡萄畑が広がっている。少し疲れた様子のオスカルの為に夕食は部屋で済ませた。彼女の食欲は余り無かったが美味しいボジョレのワインのせいか、顔色だけは少し良くなっていた。
オスカルが湯浴みを終えるとアンドレが丹念にオスカルの黄金の髪を梳いた。二人きりになるのは結婚式の夜以来だったがオスカルの疲労を心配してアンドレはわざと距離を置いている。これ以上近づくと自分の情熱を抑えきれないのが解っていたから。アンドレの気持ちは痛い程解っていたオスカルだったが自分の思いを伝える術をしらなかった。アンドレの体の温もりを自分の中で感じたかったのに。それは初めて全てを捨てて旅に出た心細さなのか,愛に目覚めた心と共にその体も愛しい男を欲しているのかオスカルには解らなかった。アンドレに自分の気持ちを伝えようとほんの少し胸のボタンを開ければアンドレは目をそらすし,甘く溜め息を吐けば政治の話をしだす。(これ以上色気の無い話は他に無いじゃないか!)そんなオスカルの気持ちも知らず,だんだん機嫌の悪くなるオスカルを見守りながらアンドレはどうしようもなかった。
「もう今夜はお休み。」
アンドレはオスカルの額に口づけすると部屋を出て行こうとした。
「何処へ行く?」
「隣にもう一部屋とってある。その方がおまえが良く休めると思って。」
アンドレの言葉にオスカルの忍耐力と羞恥心は限界を超えた。
「いい加減にしろ!馬鹿やろう!」
オスカルの投げつけたワイングラスは壁にぶつかって砕けた。
「ど…どうしたんだ、一体?」
「一人で眠りたくて結婚したと思っているのか?」
「無理だ。おまえと一緒に寝たら手を触れずにいる自信が無い!」
「その何が悪い?私だっておまえに抱かれたいんだ!」
勢い余って叫んだ言葉の意味に気がついてオスカルは気が遠くなるほど赤面した。
「今何と言った?」
「馬鹿。二度とそんな事を言わせるな。」
オスカルが頭から布団を被って顔を隠した。
「ごめんよ,オスカル。俺はおまえの体に気を使い過ぎておまえの心に気使ってやらなかったんだね。」
オスカルのとなりに腰を下ろしたアンドレが優しく布団を下げてオスカルの顔を見つめた。余りの恥ずかしさに真っ赤になった顔がオスカルの蒼い瞳をなおさら蒼く見せた。
「俺はいつだっておまえの僕だ。俺の出来る事は、何でもおまえに捧げよう。それは俺の一生の誓いだ。」
アンドレがオスカルの肩から夜着をそっと取りさった。アンドレの熱っぽい唇が露になった肩からうでへ、そして指先へと滑っていく。
「お医者様だって言っただろう?」
早くも機嫌を直しかけたオスカルが囁いた。
「適度の運動は体に良いと…」