涙の行方 (1)

アンドレとオスカルは、裏庭で剣の稽古をしていた。すると珍しく ジャルジェ将軍が早く帰宅した。軍用で忙しいジャルジェ将軍はこのところ朝が早く夜が遅かった。久しぶりに父の顔を見て大喜びのオスカルはジャルジェ将軍にせがんだ。
「父上,僕の剣の腕前をご覧になって下さい。僕、毎日猛練習して、とても上達したんです。」
「よし,オスカル。それでは拝見しよう。アンドレ,オスカルの相手を頼むぞ。」
「はい、旦那様。」
二人はいつもの様に手を合わせた。アンドレは必死だったが、幼少の頃から剣を扱ってきたオスカルとでは勝負にならない。それにオスカルの身の軽さを加えればアンドレに勝ち目は無かった。瞬く間に弾かれて跳ね上がったアンドレの剣は空で弧を描き,地面にぶすりと突き刺さった。それは見事な動きだった。アンドレにさえもそれは一目瞭然だった。

将軍の褒め言葉が何よりも欲しかったオスカルは期待に溢れた目で父親を見つめた。ジャルジェ将軍もオスカルを抱き上げて誉めたい衝動を、心を鬼にして抑えた。いくら可愛い娘でも,男として育て 家督を継ぐ以上、男として扱わなければならない。顔色一つ変えずに将軍が尋ねた。
「オスカル,お前は何年、剣の練習をしている?」
「もう5年になります。」
「アンドレ,お前は?」
「ええと、御屋敷に来たのが去年ですからもうすぐ一年になります。」
「オスカル,アンドレは未だ初心者だ。初心者に打ち勝っても自慢にはならぬぞ。」

将軍は自分の剣を腰から引き抜きオスカルに手渡した。その剣はずしりと重く,小さなオスカルには両手で持ち上げるのがやっとだった。
「お前がこの剣で,アンドレに勝てる様になったら一人前だ。もう一度手を合わせてみろ。アンドレ、頼むぞ。」
8歳のオスカルは重たい剣を構えるのがやっとだった。アンドレはどうしていいか解らなかったが将軍が静かに言った。
「アンドレ,構わぬ。オスカルの為を思うなら全力でかかれ。」
それでも躊躇するアンドレにオスカルが目で言う通りにしろと嘆願した。

覚悟を決めたアンドレが踏み込んで剣を振るうとオスカルが辛うじてそれをよけた。そしてオスカルが両手で切り込んだのをアンドレが受けた時、将軍の重たい剣が手から弾けて地面に転がった。

「オスカル、自慢するのは まだまだ早いぞ。」
将軍は、剣を拾い上げると振り向きもせず立ち去ろうとした。

可哀想なオスカル…アンドレは思った。オスカルが欲しいのは将軍の優しい言葉だけなのに。一番年下のオスカルが、姉達の様に旦那様に甘えたいのを一生懸命、我慢するのを見るのは 胸が痛む。

「父上!」
将軍が振り向くと,オスカルが将軍に駆け寄り,足元に跪いた。
「父上,お願いです。私にその剣をお貸し下さい。その剣で誰にも負けぬ様になりとうございます。」
「よかろう。しかし,これを与える訳にはいかぬ。即刻、これと同じ物を誂えよう。よいな?」
「はい、有り難うございます。」

オスカルはその場に立ちすくんで将軍の後ろ姿が見えなくなるまで動かなかった。将軍の姿が屋敷の中に消えると, 大きく息をはいたオスカルの背中が小刻みに震えて、一生懸命涙を堪えているのが解った。軍人は人前で泣いてはいけないと何時も父親に言われていたから。アンドレがそっとオスカルの肩に手をかけて言った。
「オスカル。いいんだよ、泣いても。君と僕との秘密だ。」
アンドレの優しい言葉にオスカルが振り返り、アンドレのシャツの胸にしがみついた。アンドレの胸の中で、蒼い瞳から涙が止めども無く零れ落ちてシャツを濡らした。
「思いっきり泣いていいよ。僕はいつだって君の側にいるから。」

暫くしてやっとオスカルの涙がかわいた頃、女中がオスカルを呼びにきた。
「オスカル様、ヴァイオリンのお稽古の時間です。マエストロがお待ちです。」
「解った。今行く。」
もう一度袖で顔を拭いて、涙の痕を消してからオスカルが駆け出した。
「じゃあ、僕行ってくる。」
「うん、僕は此処で待っているよ。」
アンドレが笑って答えた。

二人はジャルジェ夫人が薔薇の世話をしながら庭園で一部始終を見ていた事を知らなかった。夫人はオスカルがいなくなるのを待ってアンドレの前に現れた。ジャルジェ夫人に見られていた事に気がつくと、アンドレは恥ずかしくなった。
「奥様…」
「いいのですよ、何も言わなくて。」
夫人はアンドレを抱き締めた。夫人の頬には涙が光っていた。
「ありがとう、アンドレ。貴方はオスカルの心の支えです。あの小さな肩に全てを背負い込んで生きる私の娘に、初めて安らぎを与えてくれたのは、貴方の胸なのです。どうぞ、これからもあの娘を支えて上げて下さいね。オスカルは一人で声を殺して泣く事に慣れ過ぎた、可哀想な子供です。」

「はい、奥様。僕はオスカルの為なら何でもします。僕、オスカルが大好きだから。」

ジャルジェ夫人を見つめて、黒い瞳の少年が屈託なく笑った。

Post a comment

Private comment

sidetitleProfilesidetitle

Missy

Author:Missy
はじめまして!Missy です。日本語はまだまだ未熟ですが,ここはそんな私の妄想で暴走している AO主義のベルばら二次創作サイトです。
Please Enter at your own risk!

sidetitleMissy's Break Roomsidetitle
This is a message board for my guests!
sidetitleLinksidetitle
sidetitleLatest journalssidetitle
sidetitleLatest commentssidetitle
sidetitleLatest trackbackssidetitle
sidetitleCategorysidetitle
sidetitleMonthly archivesidetitle
sidetitleYou are the visitor number:sidetitle
sidetitleCurrent Visitorsidetitle
sidetitleSearch formsidetitle
sidetitleFriend request formsidetitle

Want to be friends with this user.