洗礼(1)


「今でも夢の様だ…この私が母親なんだな…」  
オスカルは揺かごで眠るセシルの柔らかい頬を優しく撫でた。
アンドレはオスカルをすっぽりと包み込む様に後ろから抱きしめた。  
「速いものだな。セシルが生まれてもう1月。おまえの母親ぶりもなかなかだよ。」  
「ふふっ…おまえは優しすぎる。私が上手くできるのは乳をあげる事くらいだ。おむつの交換も入浴もお前の方がずっと上手だ。」  
「それで十分。俺はお前がセシルに乳をやるのが大好きだ。きっとどの教会の聖母子画よりも美しい。」  
「私と聖母様を比べるなんて恐れ多いぞ!」  
「かまうものか!俺には解るんだよ。セシルの世話をするお前の声がとても暖かで優しい。おまえは世界で一番の母様だよ!」  
アンドレは自分の腕に抱かれていたオスカルをくるりと半回転させて向き合うとオスカルの唇に 口づけした。アンドレの熱っぽい唇がオスカルの唇から耳元へ,そしてゆっくりと首筋に降りて行く。 
「それにこのごろのお前の胸はいつになくふくよかで...あ〜もう最高だ〜!」  
アンドレがオスカルの胸に顔を埋めた。 
「ば…ばか!!何してるんだ!これはセシルのものだ!」  
オスカルは照れくさそうに笑った。 
「これだけ有れば俺とセシルと二人分...」 
アンドレの言葉を遮る様にオスカルの肘鉄砲が軽くアンドレの脇腹に当てられた。 
「余り鼻の下を伸ばすとハンサムが台無しだぞ、ムッシュウ・グランディエ!」    

********

突然居間の床で眠っていたスゼットが吠え出した。 
「どうしたスゼット?」 
オスカルは玄関の扉を開けたが何も見えない。 アンドレが開いた扉の前に立って遠くを見る様に言った。 
馬車だ。 ロザリーとベルナールだろう。」 
「えっ? 馬車の音が聞こえるのか?」  
「ああ。 もうすぐお前にも見えるはずだ。」   
アンドレが言い終わる前に丘の向こうから辻馬車のシルエットが見えてきた。 
「おまえとスゼットの聴覚はたいしたものだな...お前達がいる限り奇襲攻撃の心配は無い。」  
スゼットが誉められたのを喜ぶ様に草の上を嬉しそうに走り回る。


********


辻馬車から降りてきたのはロザリーとベルナール、そしてベルナールに手を引かれて歩く一歳半のフランソワだ。ロザリーはオスカルを見るなり嬉しそうに走り出しオスカルの胸に飛び込んだ。 
「ああ、お久しぶりです!オスカル様!」 
「わざわざ良く来てくれたね!」 
「セシルちゃんの名付け親にして頂ける何て本当に光栄ですわ 。どんな事をしてでも洗礼に立ち会うつもりでしたの!」 
アンドレはベルナールの荷物を運ぶのに手を貸していた。
「疲れただろう?今紅茶を淹れるから座ってくれ。」  
「私手伝います!」 
ロザリーとアンドレが支度をしている間にオスカルはベルナールからパリの情報を聞き込んでいた。 
「なに? あのミラボー伯爵が病死したと?」 
「ああ。心膜炎だったそうだ。しかし毒殺だという噂も有るぞ。」 
「国民議会の議長として二週間しか勤めずに逝ってしまうとはな。」 
オスカルが溜め息を付いた。 ベルナールは足下に座るフランソワの顔をスゼットが舐めて笑わせるのを微笑みながら見ていた。

********

軽食と紅茶で皆が一息ついた後ロザリーがパリから運んできた包みをオスカルに渡した。 
「オスカル様、これは明日の洗礼の為の衣です。名付け親としての私達からの贈り物です。”」  
ロザリーの縫った白い衣は清楚で胸元に聖霊の象徴で有る白い鳩の刺繍が施されている。 
「ああ、とても綺麗だ。ありがとうロザリー。」 
アンドレも小さな衣を手に取りその細かく丁寧な刺繍を指でなぞった。  
「これをセシルが着るのが楽しみだ!」

「こちらの包みはオスカル様のお姉様方からです。」 
「姉上達から?」  
「はい、皆様がセシルちゃんへの祝福の為に縫って下さいました。」  
包みの中から出てきたのは純白のキルトの上掛けであった。 
「お姉様方が復活祭の時にお屋敷に集まられた時交代で刺繍を施して下さいました。」  
キルトの四隅と真ん中の刺繍を指差してロザリーが言った。
「クロティルド様はセシルちゃんへの主の愛と御慈悲を願って十字架とテッポウユリを...」 
左上の隅を指差した。 
「オルタンス様は賢明さと知識を願ってプロビデンスの目を...」  
右上の隅に縫い込まれていた神の全能の目と言われるピラミッドの中で輝く目はフランス人権宣言の版画にも描かれている。なるほど、オスカルとアンドレの娘にはぴったりな祝福だと皆が思った。次は左下の隅。 
「カトリーヌ様はセシルちゃんにどんな時にも臆せず自分の信じる道を進む勇気と栄誉を願ってライオンを...」
「最も、オスカルの娘にその心配は無いだろう!」 
ベルナールの言葉にオスカルがべルナールを睨みつける。 アンドレはその光景が見えなくても手に取る様に解る。オスカルが機嫌を損ねない様にそっと下を向いて微笑みを隠した。   
「ジョセフィーヌ様はセシルちゃんの健康を願ってアスクレピオスの杖を。」  
右下の隅には医学の象徴である蛇の巻き付いた杖があった。他の刺繍よりも簡単なデザインだが刺繍の苦手なジョセフィーヌまでが一生懸命に託してくれた思いにオスカルの胸が詰まった。
「そしてマリー・アンヌ様はセシルちゃんが薔薇の様に美しく気高くなられる事を願って薔薇の花を。」 
キルトの中央部に華麗な大輪の薔薇の花が刺繍してあった。さすがに姉妹の中で一番刺繍の上手なマリー・アンヌだ。
「なんて素晴らしい贈り物だ!早速お前の姉上にお礼の手紙を書かねばいけないな。」 
キルトを胸に抱いたまま言葉の見つからないオスカルを抱き締めてアンドレが言った。 
「そしてもう一つ...”」  
ロザリーが最後の贈り物をオスカルに差し出した。 それには手紙が添えて有った。 アンドレの為にオスカルは声を出してそれを読んだ。 


「最愛なるオスカルとアンドレ、私の知らない世界に生きる愛しい娘と息子。平静の谷と呼ばれる土地に済むあなた方の生活がいつも平静で幸せに満ちているのを祈ります。 私とあなた方の父も何かセシルに贈り物をしたいのですが、何を送ってよいのか見当もつきません。 そこで思いついたのはこの絵です。 オスカルの肖像画を描いて下さった画家さんにお願いしました。 あのときのスケッチと記憶をもとに素敵な絵に仕上げて頂きました。 万が一、私達がセシルに出会う事ができなかったとしても彼女が皆に祝福されて産まれてきたのだと解ってもらえる様に。 そのくらいの事しかできない両親を許して下さいね。  くれぐれも体に気をつけて三人仲良く暮らしてください。 いつの日か又あなた達と会える事を夢に見ています。

父と母より」

オスカルが絵を包んでいた紙を開いて息を飲んだ。 中から出てきたのは一枚の絵だった。 二人がけのソファにならんで腰かけているアンドレとオスカルの手は二人の間でそっと握られていた。二人が着ているのは結婚式で着た礼服とローブだ。その後ろに立っているのはマロン・グラッセを間に挟んだジャルジェ夫妻であった。礼服を着たジャルジェ将軍の手はアンドレの肩に、すみれ色のローブのジャルジェ夫人の手はオスカルの肩に置かれていてマロン・グラッセはお仕着せではなく滅多にきる事の無い若草色のローブで控えめに微笑んでいる。 感激の涙で声が詰まってしまったオスカルの代わりにベルナールが肖像画の事をアンドレに詳しく説明した。 ロザリーも 「奥様から肖像画の話を聞いた時、二人が残して行かれた結婚式での衣装を思い出したんです。恥ずかしながらベルナールと私がパリの画家さんのアトリエで二人の衣装を着てモデルを勤めました。」
「どうもありがとう」
アンドレもそれだけ言うともう 言葉が出なかった。溢れる涙を拭いもせず静かに抱擁する二人を見守る様にベルナールもロザリーの柔らかな手をそっと握りしめた。そんなロザリーの大きな目にも涙が溢れていた。誰一人話す事を忘れた様な静寂の中でスゼットと戯れるフランソワの可愛い笑い声だけが La Petite Chaumière の居間に響き渡っていた。

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Re: 癒されます

E様、
お優しいコメントどうも有り難うございます。そうですね〜二人の生活ってどんなだったでしょうね。ただ私は二人と同じくカトリック教徒なのでそう言った所から妄想が暴走してしまう事が多いんです(笑)洗礼や、Ephiphany 何かがその手のものです。これからも妄想にまかせて書いて行きますので又遊びに来て下さい!
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Missy

Author:Missy
はじめまして!Missy です。日本語はまだまだ未熟ですが,ここはそんな私の妄想で暴走している AO主義のベルばら二次創作サイトです。
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