Caged Lion

「なんということだ! 革命政府はオーストリアに宣戦布告をしたぞ! これではアントワネット様と国民との溝を深め王家の立場を悪くするばかりだ。」
オスカルは久しぶりに届いたベルナールからの手紙を読みながらアンドレに嘆いた。  
「オーストリアにはプロイセンやフランスの亡命貴族が付いている。我がフランスはこの危機の中に孤立してしまった…」  
オスカルの眼は 青白い炎を燃やしていた。
「夥しい数の帯剣貴族が亡命した今となっては、兵を統率できる指揮官の数が足りないのだ。」 
ベルナールが何を言いたいかは一目瞭然だ。革命政府はオーストリアとの戦いに備えてバスティ-ユで勝利の女神と讃えられたオスカルの武官としての力と名声が喉から手が出る程欲しいのだ。 アンドレには彼女の興奮が声を通して伝わってくる。 
「解っている。おまえの武将の血が騒いでいるんだろう?」 
「馬鹿を言うな、アンドレ…私は1児の母だ。乳飲み子を残して戦には出られん。」
オスカルの返事が幾分寂しそうだった。

アンドレの黒い瞳が曇った。 
「どうしたアンドレ?」 
「覚えているか,おまえが未だ近衞に居た頃だった。コンゴ王国の使者が国王陛下に献上するライオンを宮殿に連れて来たのを...」  
「ああ,覚えている。美しく力強い生き物だったな。燃える様な眼をして人を寄せ付けない威厳があった。」
「おまえの言う通りだ。しかし俺は数年後にあのライオンを見たんだ。宮殿の庭園内に作られた檻に住むライオンはすっかり野生を失っていた。あの眼は光を失いどんよりと遠くを見つめていた。」
「そのライオンと私とどうかかわりがあるのだ?」
「未だ解らないのか? あのライオンはおまえそのものなんだよ。コンゴの草原で鬣を靡かせ駆け抜けるライオンはそれが本来の姿でそれこそ一番美しい。おまえも又おまえの意思が命ずるままに突き進む姿が一番美しいんだ。」
オスカルは何も言わずにただ唇を噛み締めていた。 
「俺は怖いんだよ。何時の日かお前が平凡な日々に耐えきれなくなるのが。あの檻の中のライオンの様におまえの瞳から炎が消えるのを見るくらいなら俺はこの命を失う方が良い!」
二人の間に重苦しい沈黙が訪れた。

その沈黙を破る様に奥の部屋から人の気配がした。 次の瞬間扉が勢い良く開き,小さな金髪の頭が現れた。くるくる動く蒼い瞳がアンドレの姿を見つけると真っ直ぐに彼の方に歩いてくる。
「セシル...もう起きたのかい?」  
「とーさま...おそと!」
「よしよしじゃあ外に行こう。」
セシルの昼寝の後の散歩はアンドレとセシルの日課だった。アンドレは軽くオスカルの金髪に口づけし、  
「じゃ,いってくる。すぐに帰るから。」
  
セシルの小さな手を引いて春風の中を歩いていく。最愛の夫と娘を見送りながらオスカルは深く溜め息をついた。確かにアンドレの言う通りだ。無理はない。幼少の頃から武官として生まれ育ったオスカルである。自分で定めた道ではないと言え他の生き方を知らないのだ。
「私は本当にセシルの母親に成りきれるのか? 私の出来る事は乳を与える事ぐらいだ。 こんな使い物に成らぬ母親などいてもいなくてもよいのではないか?それならいっその事軍隊へ戻り我が国の役に立ちたい...」

オスカルの蒼い瞳から一筋の涙がこぼれ手の甲に落ちた。いつの間にか隣に座っていたスゼットがオスカルの膝に頭を持たせかけて手の甲の涙を舐めた。
「お前は不思議な奴だな。私が悲しい時は必ずそばにいてくれる。」


屋敷の前のなだらかな丘を下りアンドレは果樹園のぶどうの木の根元に腰を下ろした。アンドレの隣でセシルがすみれの花を摘んでいる。 春の日差しが心地よく体を包む。つい先ほどまでのオスカルとの会話の事で頭が一杯のアンドレは注意深く獲物に近づいてくる5組の金色の眼の存在に気がつかなかった。それは5頭の狼だった。その年の冬のフランスアルプスは雪多く、動物の数が減っていた。獲物を求めて山から下りて来た狼が海岸沿いのこの村にまで足を運んでいたのだ。 暫く隠れながら慎重に近づいて来た灰褐色の狼はアンドレが一向に気づかないのを良い事に大胆に距離を縮めて行く。

その時風の向きが変わった。春風が丘を駆け上がり開け放された窓から家中に広がった。その途端,スゼットの全身の毛が逆立ち,のどの奥から低いうなり声が響いて来た。
「スゼットどうした?」 
スゼットのうなり声を聞いたのは初めてだ。止める間もなくスゼットはひらりと窓を飛び越えた。成長したスゼットはどの窓でも軽々と飛び越せる程大きくなっていた。 オスカルは窓に駆け寄った。 

オスカルは窓の外の光景を見て凍り付いた。 5頭の狼がアンドレとセシルの周りに弧を描く様に様子を伺っている。その狼の群れを目指して低く唸りながら全速力で駆けて行くスゼットを見て狼は正体を現した。荒々しい唸り声で牙をむき出しアンドレとセシルを囲む。 突然姿を露にした危険にアンドレは咄嗟にセシルを片腕で抱き上げ もう一つの手で葡萄の枝を折り力任せに振り回した。狼はまるでアンドレをもてあそぶかの様に一匹ずつ入れ替わりに攻撃をかける。獲物が疲れて来るのを待っているかのように。 とその時白い塊がアンドレと狼の間に躍り出た。スゼットは先頭の狼の首に食らいつき2匹は縺れ合いながら草の上を転がる。眩しい白と灰褐色が互い違いに上下の位置を変えた。

「おおアンドレ!」 
オスカルは震える手でシャルルヴィルのマスケット銃を掴むとものすごい早さで弾薬をつめた。
「落ち着くんだ. . .」
一度深く呼吸してアンドレに一番近い狼に照準を合わせる。オスカルの手の震えは自然に止まっていた。息を止めたままゆっくりと引き金を引く。 銃声が春の静かな丘に響き渡った。オスカルの正確な狙いは見事に狼の胸部を打ち抜き狼の体が力なく地面に崩れ落ちた。 オスカルは素早く㮶を扱って次の弾を込めた。しかし狼はもう攻撃を仕掛けてはいない。オスカルがしとめたのは群れを統一していた雄だったのだ。頭を無くした群れは当惑して戦闘心を無くし逃げ出した。スゼットに組み伏せられていた狼もようやくスゼットを振りほどいて群れの後を追った。スゼットの白い毛が血にそまっている。マスケット銃を握りしめたままオスカルは丘を駆け下りた。

「アンドレ!大丈夫か?セシルは?」
「ああ大丈夫だ。ありがとう。助かったよ。」 
「手を貸してくれ。スゼットが...」
全てが新しい遊びだとでも思って笑っているセシルをオスカルに預けスゼットの未だ荒々しい呼吸する音の方に向かった。スゼットは座ったまま傷を舐めている。アンドレがそっと抱き上げて 屋敷に運び血を洗い流してやると深いかみ傷が肩と前足に痛々しい。スゼットに 包帯を巻きながらオスカルが言った。
「ありがとうスゼット。又おまえに助けられたな...」
スゼットの頭に頬を寄せると嬉しそうにオスカルの顔をなめた。

********

その夜セシルを寝かしつけたアンドレが窓辺に佇むオスカルの肩を抱いた。 
「今夜は星が綺麗だ。おまえに見せてあげたい。」 
「俺にはもっともっと美しい星がここにある。」  
オスカルの肩にかかる黄金色の髪を優しく払いのけ、そのか細い首筋と肩に口づけの雨を降らせた。 オスカルは暫く眼を閉じて体中を駆け抜ける甘い衝撃に身を委ねていたが思いきった様にアンドレに囁いた。
「私はもう軍隊にはもどらぬ。今日解ったんだ。私のいる場所は此処しか無い。この世で一番大切なおまえとセシルのいる此処しか....」
アンドレに向き直りその首に両腕を回して口づけをねだった。  
「心配するな。私の瞳の炎は消えん。いつも物静かなスゼットでさえ愛する者の為ならその瞳に炎を燃やす。おまえが私の側にいる限りこの瞳は燃え続けるぞ。」

アンドレは確かに蒼く力強く燃える 二つの美しい星が彼の両腕の中で輝いているのを見た様な気がした。  

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Missy

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