願いの石  (3)

November 1793

アンドレはジュールとセシルを膝に乗せ、声色をいろいろ変えながらお伽話を聞かせていた。オスカルは高音の裏声で王女様役を一生懸命演じているアンドレの姿を見て微笑んでいた。
「あのう…奥様、お手紙です。」
子供達が二人に増えて、オスカルに負担がかかるのを心配したアンドレが雇った女中は地元の娘で, おとなしい働き者だった。 幸い、少し気が短いが根は優しい 「奥様」にも良く懐いていた。
「ああ、有り難う、ミレーヌ。おお、これはカトリーヌ姉様からだ。」
アンドレの声が王女様の高音から、いつもの低く良く通る声に戻った。
「カトリーヌ様は未だプロイセンにいるのか?」
カトリーヌの一家も昨年から一触即発のフランスを後にして移民貴族となっていた。
「いいや、この手紙によると、ボヘミアのカルロヴィヴァリと言う療用地にいるらしい。義兄上がリュウマチを患っていらっしゃり、その地の温泉がリュウマチに効果があるそうだ。私達も湯治に来ないかと言っている。」
「カルロヴィヴァリなら聞いた事が有るぞ。何でもそこの湯は胸や喉の病にも効果があると聞いた事が有る。どうだ、オスカル? 俺たちもカトリーヌ様の御言葉に甘えて暫く行ってこないか?」
「そうだな。それも良いかもしれない。よし、姉上に返事を書くぞ。丁度降誕祭も近いし、久しぶりに姉上のご家族と過ごすのも楽しいだろう。セシルにも会ってもらいたい。」
その時のアンドレはオスカルの健康管理に集中していた為か、オスカルが余りにも簡単に賛成したのを不思議だとは思っていなかった。

実はカトリーヌの手紙 にはこう書き記されていた。

「…最も、疑い深い貴方は私の突然の招待に警戒しているのでしょうね。はっきりと申しましょう。 アンドレにぜひ有って頂きたい方がカルロヴィヴァリにいるのです。貴方もアンドレの事を思うなら必ずいらっしゃって下さいね。
最愛の姉、カトリーヌ」

願いの石 (2)

November 1793

オスカルとアンドレはレバノン人の夫婦がアミンとザリナだと言う事を知った。

湖畔に設けられたテントには彼らの他にアミンの弟夫妻二組の家族がいた。オイルランプとカルダモンの香りのするテントの中は暖かく、心地良かった。アミンはアンドレがスゼットを使って 3歳の娘イナラを探し出した事を皆に話すと家族中でアンドレに感謝の意を表し、上座へと案内した。テントの中に敷き詰められた絨毯の上には幾つかのクッションが置いてあり、男達はその上にあぐらをかいた。オスカルとアンドレはどうもあぐらをかく事は出来ず、やり場の無い長い足を投げ出して何とか腰を下ろした。

ザリナが二人の前に底の丸い桶を差し出して手を出す様に勧めた。二人の手に暖かく香りの良いローズウオーターが注がれた。
「私達の食事は皆、手で頂きますのでお食事の前にはこうして必ずローズウオーターで手を洗います。」
ジュールとセシルも二人に習ってローズウオーターで手を洗った。

先ず出されたのは焼きたての平たいパンとガ−リックのペーストだった。
「このパンはイエス様が最後の晩餐で頂いたのと同じタイプのパンです。」
アンドレが興味深そうに聞いた。
「キリスト教の事を良くご存知ですね。」
ザリナが微笑んだ。
「だって私達もあなた方と同じキリスト教徒ですもの!」
オスカルの驚き顔がよほど可笑しかったのだろう。アミンがゆっくりと話し出した。
「イエス様が訪れた事もあるレバノンにはキリスト教徒もいるのです。しかしイスラム教の国でキリスト教徒が平和に暮らすと言う事はなかなか難しいことです。私達の父が神に召されたのを機会に新天地を求めてこの国にやって来ました。」
「ああ、そうだったのですか。あなた方に信仰の自由が得られる事を神に祈ります。」
アンドレの言葉にオスカルも頷いた。

「これはフエニキアワインと言って私達の先祖が開発したワインです。」
女の一人が赤黒い液体をグラスに注いだ。ほんのりとシナモンと樫の木の香りが漂う中で二人はコクのあるワインを満喫した。
「これは美味しい。これならばボルドーにも退けを取らないぞ。」
「そうでしょう?レバノンの気候はワイン作りに適しているのです。」
アミンと弟達は早いペースでフエニキアワインをどんどん開けて行く。それにつられてオスカルもかなりの量を飲んだが酒豪のオスカルにはまるで影響が無い。それに比べて三兄弟はだんだん呂律が回らなくなって来た。

「これはキビナイと言って細かく刻んだ羊の生肉にオリーブ油やスパイスを混ぜた物です。そしてこちらはそれをパイ生地で包んで焼きました。」
「これは生だとは思えない味だ。なかなかおいしいぞ!」
おっかなびっくり試してみた二人は意外な美味しさに驚いた。子供達はミートパイの方が気に入ってそれをほおばっていた。

主菜の羊肉のシュワルマやシシカバブ、そしてひよこ豆のファラフェルが出された頃には皆のお腹は一杯で3兄弟はとっくの昔にいびきをかいていた。ザリナが申し訳なさそうに2人に言った。
「本当にすみません。我が家の男衆はお酒に目が無い癖に、飲むと直ぐにつぶれてしまうのです。」
アンドレが笑った。
「それは彼らのせいでは有りません。家のオスカルが人一倍強いだけです。」
アンドレの目に視力は無くてもその時オスカルが彼を睨みつける視線が痛い程感じられた。

「そしてこれは今日のお礼に取っておいて頂けますか。」                      
ザリナが小さなビロードの袋をアンドレに差し出した。
「お礼はもう頂きました。これ以上受け取ることはできません。」
アンドレが断るのも聞かずザリナが言い張った。
「高価な物では有りません。これは『願いの石』と言って縁を担ぐ物です。お守りとして持っていて頂ければ光栄です。」
小袋の中には親指の爪程の小さな琥珀色の石があった。
「この石は 一回だけ願いを叶える力があるのです。」
「でも、他の人がこの石を使ったかもしれない。 この石に願いを叶える力がまだ残っていると、どうして解るのです?」
ザリナが 自信満々の微笑みを見せた。
「それは私を信じて下さいませ。」
アンドレは半信半疑でその石を受け取り厚く礼を言ってキャンプから去った。

そしてジレの胸ポケットにおさめられた「願いの石」はそのまま忘れられていった。





願いの石 (1)

November 1793

「どうした、オスカル?」
馬車のスピードを落としたオスカルに向けてアンドレが尋ねた。
「解らない。ただ、道端に人だかりが有るんだ。様子を見てみよう。」
馬車を止めてオスカルが 村人の一人に話しかけた。
「一体どうしたのですか?」
農民らしい男がアラブ系の男女を指差して言った。黒い髪に黒い肌の男は、胸の中で泣き叫ぶ同じく黒髪に黒い肌の女を宥めようと必死だった。
「いや、この二人は畑仕事の為に日雇いしたレバノン人なのですが、子守りの姉娘が目を離した隙に小さな女の子がいなくなってしまったんです。」 
よく見ると10歳くらいの女の子が母親の横でエプロンの裾を握りしめて泣いていた。

「子供の足だ、そう遠くへは行っていまい。」
畑の向こうに広がっている雑木林を見つめるオスカルが馬車を降りようとしたのを止めてアンドレが言った。
「待て、オスカル。ここは俺に任せてくれないか?おまえは子供達と此処で待っていてくれ。」

アンドレがスゼットを連れて荷馬車を降りた。普段から盲導犬を連れて歩くアンドレを知っている村人達が彼を怪訝そうに見つめた。賢さと勘の良さで視力を補っているアンドレは日常生活では殆ど不自由無かったが、流石に雑木林の中で迷子の子供を見つけるのは無理な事だ。村人達のそんな思いをよそにアンドレがレバノン人の男に話しかけた。
「すみません、何かいなくなった子供の匂いがする物はありませんか?」
姉娘が咄嗟にピンク色の小さな毛布をアンドレに差し出した。それをアンドレがスゼットの鼻先に持って行くとスゼットが興味深げに臭いを嗅いだ。
「良いか、スゼット、探せ!」
するとスゼットは地面の臭いを嗅ぎながらゆっくりと歩き出した。スゼットとアンドレの後ろからは好奇心で一杯の村人達や、子供の父親が後を付いて行く。雑木林を迂回して何度か立ち止まり臭いを嗅いだスゼットは10分程歩いた末にクヌギの木の根もとで子猫を抱き締めて眠っている子供を見つけ出した。仔猫を見つけた子供はそれを追いかけている内に迷子になり疲れきって眠ってしまったのだろう。

子供を抱き上げたアンドレに村人達の歓声と父親が繰り返し礼を言う声に静かな雑木林が沸き上がった。子供を連れて無事に戻って来た一行を見て子供の母親も涙をぽろぽろ零しながらアンドレに礼を言った。そして断りきれなかったアンドレは彼らのキャンプで晩餐に家族で招待される事になってしまった。

「いいじゃないか。私はレバノン料理は未だ食べた事が無いぞ。」
オスカルが上機嫌でアンドレに話しかけた。
「それにしても凄いじゃないか。いつの間にスゼットに人を捜す事を教えたのだ?」
アンドレが微笑んだ。
「セシルはお前に似て好奇心が強く怖いもの知らずだろう?蝶や兎だとか、 興味を惹く物を見つけるとすぐに追いかけてて行ってしまう。だからこんな事の為にとスゼットに、匂いで人を捜す訓練をしていたのさ。うまく役立って良かった。」

二人の間で絵本を読む 子供達を愛おしそうに抱き締めるアンドレを 見つめながら 馬車を駆るオスカルも一人微笑んでいた。 
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Missy

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はじめまして!Missy です。日本語はまだまだ未熟ですが,ここはそんな私の妄想で暴走している AO主義のベルばら二次創作サイトです。
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